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《更新情報》~プロレスあの日あの時~ 9月16日

2020.09.06

日本プロレス殿堂会、皆様いつもありがとうございます!
 
鈴木健.txt氏によるプロレスあの日あの時
殿堂記念館|プロレスあの日あの時が更新されました。
 
~プロレスあの日あの時~ 9月6日の今日は
健介が史上初の3大メジャータイトル制覇
その時、ベルトを我が子のように抱いた
記事一部抜粋
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日本のプロレス業界ではIWGPヘビー級、三冠ヘビー級、GHCヘビー級が3大ヘビー級王座とされている。これは新日本プロレスと全日本プロレス、そしてそこから派生し設立されたプロレスリング・ノアが昭和の時代から続く歴史に基づいた老舗系団体として認知されているからだ。
 
いずれか一本のベルトを巻くだけでもステータスになる3団体の至宝を、すべて戴冠するのは至難の業。すべてのリングに上がるとすれば、所属ではなくフリー選手の方が確率は高い。
 
じっさい、この3本のベルト(当時は三冠がインターナショナルヘビー級、PWFヘビー級、UNヘビー級の3本だったため、実質5本)をすべて獲得したプロレスラーは2人しかいない。その最初の偉業を達成したのが佐々木健介だ。
 
健介はジャパンプロレスに入門し当時、提携を結んでいた全日本のリングでデビュー。その後、師匠である長州力らが新日本にUターンしたためともに移籍し、闘魂三銃士やジャパン時代の盟友・馳浩をライバルとして成長を遂げる。そしてデビューから11年という歳月をかけ1997年8月31日、横浜アリーナにて橋本真也を破り第20代IWGPヘビー級王者となった。
 
この月の健介は3日にG1クライマックスを初制覇、8・10ナゴヤドームで中西学&小島聡からIWGPタッグを奪取しており(パートナーは山崎一夫)、あとにも先にも1ヵ月でヘビー級3冠を達成した事例はない。
 
こうして新日本のトップの一角を担った健介だったが、2002年に退団。WJプロレスを経て健介オフィスの設立し、フリーとして各団体に参戦。その中で武藤敬司率いる全日本へレギュラー参戦し、2007年8月26日(夢のオールスター戦の日)、両国国技館で鈴木みのるを破り第36代三冠ヘビー級王者に。デビューを果たしたリングの最高峰へ、21年かけて到達した。
その後、
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