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《更新情報》~プロレスあの日あの時~ 4月18日

2021.04.18

日本プロレス殿堂会、皆様いつもありがとうございます!
 
鈴木健.txt氏によるプロレスあの日あの時
殿堂記念館|プロレスあの日あの時が更新されました。

プロレスあの日あの時4月18日

1989年=全日本
インターナショナル、PWF、UN
ジャンボ鶴田が三冠王座統一

****一部記事抜粋
全日本プロレスの至宝・三冠ヘビー級王座は、かつて同団体で管理されていたインターナショナルヘビー級、PWF(パシフィック・レスリング・フェデレーション)ヘビー級、UN(ユナイテッド・ナショナル)ヘビー級の3つのタイトルが統一されたもの。それまでは、各王座の選手権試合がおこなわれていた。
 
もっとも歴史が古いのはインター王座。日本プロレス時代に力道山の代名詞として定着し、ジャイアント馬場が受け継ぐも同団体退社により返上。新たに旗揚げした全日本ではPWFヘビー級王座を設立(力道山が巻いていたベルトを力道山家が馬場に寄贈したもの)。よって、この王座が全日本のフラッグチャンピオンシップとして定着する。
 
UNヘビー級王座は日プロ時代にアントニオ猪木がロサンゼルスで獲得し、日本へ持ち込んだタイトル。日プロ活動停止後の1976年に全日本で復活し、ジャンボ鶴田がジャック・ブリスコとの王座決定戦に勝ってプロ入り初のシングルタイトルを獲得。以後は馬場=PWF、鶴田=UNのイメージが全日本に定着する。
 
そうした中、馬場が日プロへ置いていったインターのベルトは大木金太郎が保持していたが、NWA勧告により返上。1981年に復活王座決定トーナメントが開催された。4月30日、松戸市運動公園体育館における決勝戦に出場予定だったブルーザー・ブロディが準決勝の馬場戦で右足首を負傷し棄権。ドリー・ファンクJrが新王者となり、同日初防衛戦をおこなうことに。トーナメント参加者によるくじ引きの結果、弟のテリー・ファンクが挑戦するという夢の兄弟対決がいきなり実現した。
 
最初で最後のファンクス対決は時間切れ寸前の54分0秒、ドリーが丸め込んで勝利。この時点で全日本には3つのヘビー級王座が並び立つこととなった。ドリーとブロディの間で行き来していたインター王座は1983年8月31日にブロディを下した鶴田の腰に。力道山から馬場に受け継がれたベルトを巻いたという事実が、全日本の新エースになったことを象徴していた。同時期、PWFヘビー級王座は馬場からスタン・ハンセンへ。そしてUNは鶴田がインター王座防衛に専念するため返上したあと、テッド・デビアス、マイケル・ヘイズ、デビッド・フォン・エリックと移動。地元・ダラスで王座奪取に成功したデビッドは天龍を相手に防衛戦をおこなう予定だったが、来日直後に都内のホテルで急死。1984年2月23日、蔵前国技館における新王者決定戦でリッキー・スティムボートを下した天龍がベルトを手にする。
 
この時点でインター=鶴田、PWF=ハンセン、UN=天龍という図式に。鶴田との鶴龍コンビで保持していたインターナショナルタッグ王座を長州力&谷津嘉章に奪われたことから一度はUN王座を返上した天龍だったが、1986年4月26日に大宮スケートセンターでデビアスを破り改めてそのベルトを腰に巻いた。
 
こうしたタイトル戦線に大きな動きがあったのは1988年。3・9横浜文化体育館にてPWF王者・ハンセンとUN王者・天龍によるダブルタイトル戦がおこなわれた。その根底には、かつて鶴田が保持したUNのベルトに対する「ジャンボのおさがりじゃない!」という天龍の反骨精神があった。ナンバー3のヘビー級王座という見方がされるならば、PWFのチャンピオンに勝って覆してやろうというわけだ。
 
この試合で勝利をあげた天龍は、以後のタイトルマッチで2本のベルトを懸けて防衛戦をおこなうことに。この流れの中で4月15日、大阪府立体育会館にてインター王者・ブロディとの史上初のトリプルタイトルマッチが実現したが、結果は両者リングアウトで統一はならなかった。
 
その後、インターは鶴田に、PWF&UNはハンセンに移動。両者は10・17広島県立体育館で2度目の3冠戦をおこなうも、これも引き分けに終わる。さらに翌1989年4月16日、後楽園ホールで再戦が組まれたが両者リングアウトに。3度目の正直とならず決着が見られなかった観客が怒り、リング内には空き缶などの物が投げ入れられた。
 
2日後の4月18日、大田区体育館(現・大田区総合体育館)で3度目の鶴田vsハンセンによるトリプルタイトル戦が組まれ、流血させられながらも鶴田がウェスタン・ラリアットをかわし、ロープへ激突したハンセンを片エビ固めで押さえ込んで3カウント奪取。初めて3本のベルトを同時に獲得したものの、タイトル統一そのものが第一のテーマとされていたわけではなかったため、第18代インター王者、第15代PWF王者、第28代UN王者としてすべてのベルトを懸けた防衛戦をおこなう形となった。

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