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《更新情報》~プロレスあの日あの時~ 10月18日

2020.10.18 NEW

日本プロレス殿堂会、皆様いつもありがとうございます!
 
鈴木健.txt氏によるプロレスあの日あの時
殿堂記念館|プロレスあの日あの時が更新されました。

~プロレスあの日あの時~ 10月18日の今日は
SWS=1990年
企業によるプロレスの先鞭をつけた
SWSの旗揚げ戦

記事一部抜粋
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新日本プロレスのブシロード、プロレスリング・ノア&DDTグループのサイバーエージェントと、現在では一般企業が親会社としてプロレス団体を経営するビジネスモデルがファンの間でも受け入れられている。その先駆けとなったのが、メガネスーパーだった。
 
それまでは新日本も全日本プロレスも、そして1988年に設立された第2次UWFも自前で運営していた。テレビ局がタッチするケースはあっても、あくまで会社そのものの経営とは違い、スポンサーも外から支援する形。「プロレスは、プロレス団体がやるもの」が力道山時代からの不変的な考え方だった。
 
前例がないだけに、一般企業の業界参入はインパクトが大きかった。メガネスーパーのオーナーである田中八郎社長はもともとプロレスが好きで、息子に連れられ田園コロシアムに見にいっていたという。
 
「子どもに夢を与えるのがプロレスだと思っていて、僕が見ていた頃は子どもに親が引っ張られていった。それが今は親が子どもを連れて見に来るようになっている。それが寂しくてプロレスの力になりたいと思ったんです。それには旧態依然としたやり方ではできない。既成の団体に対抗する新しい団体を創って、中をかき回す。そうすれば相手も必死になってくるでしょう」
 
そんなことを思い描いていた田中社長のもとへ、プロレス業界外の「ある友人」から力を貸してくれないかと打診が来て、そのつながりで将軍KYワカマツに会ったのが、最初のプロレスラーとの対面だった。ワカマツとの話し合いの中でプロレス界をなんとかしたいとの思いが本格化した田中社長。当初は3年かけて選手を育ててから旗揚げ戦をおこなうつもりで、当時はまだ新日本の若手として海外修行に出て、グレート・ムタに変身しWCWマットでブレイクしていた武藤敬司の獲得から動き出す。
 
だが、寸前で坂口征二社長が引き止め破談に。
一方では同じくWCWで活動していたケンドー・ナガサキを通じ天龍源一郎にコンタクトを取り、その入団をもって本格的に始動する。

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