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《更新情報》~プロレスあの日あの時~ 10月28日

2020.10.28

日本プロレス殿堂会、皆様いつもありがとうございます!
 
鈴木健.txt氏によるプロレスあの日あの時
殿堂記念館|プロレスあの日あの時が更新されました。

~プロレスあの日あの時~ 10月28日の今日は
1951年
今から69年前のおとぎ話
力道山のデビュー戦
 
記事一部抜粋
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日本におけるプロレスの歴史は、1953年に力道山が日本プロレスを設立し、翌年2月19日に蔵前国技館で木村政彦と組みシャープ兄弟と闘ったところから始まったとされている。だが、そこには紀元前ともいうべき歴史がしっかりと存在しており、その中で力道山はプロレスラーとしてデビューを果たした。
 
日本では、プロレスよりも柔道の方がプロ化は早かった。終戦からわずか5年の1950年4月に「国際柔道協会」が設立され、のちにプロレスへ転向する木村、山口利夫、遠藤幸吉ら21名が参加したが、興行成績が思わしくなく木村や山口が脱退。翌1951年にはハワイに招かれ柔道のデモンストレーション興行に参加、そのままアメリカ西海岸を経てブラジルに渡る。この時、のちに総合格闘技の時代が来たさい語られたエリオ・グレイシー(ヒクソン、ホイスの父)と木村の歴史的対決がおこなわれた。
 
その頃、力道山は大相撲で活躍し関脇まで進みながら、1950年9月11日に出刃包丁で自らマゲを切り力士を廃業。後援者の建設会社で現場監督の職に就いた。その翌年、宗教団体「在日トリイ・オアシス・シュライナース・クラブ」の招きでアメリカから6人のプロレスラーが来日。9月30日のメモリアルホール(旧・両国国技館)を皮切りに12月11日同所まで日本全国を巡業(連合国軍慰問と障害者チャリティーを目的)。シュライナース・クラブから練習に勧誘された力道山は10月14日、東京・芝の練習場で初めてプロ・レスリングに触れた。
 
相撲の下地があったことから、2週間後の10月28日にメモリアルホール大会で力道山の試合が組まれる。10分1本勝負のエキシビションマッチとされているが、これが事実上のデビュー戦であることに変わりはない。
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