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《更新情報》~プロレスあの日あの時~ 11月4日

2020.11.04

日本プロレス殿堂会、皆様いつもありがとうございます!
 
鈴木健.txt氏によるプロレスあの日あの時
殿堂記念館|プロレスあの日あの時が更新されました。

~プロレスあの日あの時~11月4日の今日は
1986年=ジャパンプロレス
 
鶴田が見せた足4の字の極意
長州と一度限りの一騎打ち


****一部記事抜粋
1984年9月に新日本プロレスを退団した長州力は、ジャパンプロレスを設立。年明けから業務提携を結んだ全日本プロレスに上がり、ジャンボ鶴田&天龍源一郎らとの闘いを繰り広げていった。

新春「’85激突!オールスターウォーズ」がスタートするや、真っ先に長州とガンガンやり合った天龍。その激しい闘いの中、シリーズ9戦目で長州のサソリ固めにより右足首ジン帯を損傷し、6試合を欠場。この間、6人タッグで全日本軍は鶴田が矢面に立ちながら、テレビ中継の解説席に天龍の姿を見つけた長州はそちらに目がいき「早くリングに上がってこい!」と挑発。
 
2月3日の札幌中島体育センター大会では初めて鶴龍コンビと長州&谷津嘉章のタッグ戦が組まれ無効試合に。最終戦の2月5日、東京体育館では長州がパートナーをマサ斎藤に替え再び頂上タッグ戦が実現するも、こちらも両軍リングアウトに終わる。
 
この流れから、2月21日の大阪城国際文化スポーツホールにおける天龍と長州の初一騎打となった。ノーTVでおこなわれたこの一戦は長州がエプロンでバックドロップを繰り出し、リングアウト勝ちに。6月21日、日本武道館で再戦が組まれこちらは天龍が反則勝ちを収めた。
 
そして8月5日には大阪城ホールで鶴田と長州の初シングル戦も組まれたのだが、鶴田が右ヒジを痛め手術を受けることになり夢のカードはいったん流れてしまう。代わりにファン投票で選ばれた谷津とのジャパン対決を制した長州は、試合後に「もう馬場、猪木の時代じゃないぞ。鶴田、藤波、天龍…俺たちの時代だ!」と宣言。そこへ新日本を離脱したスーパー・ストロング・マシンが現れ、呼応するかのように握手を交わした。
 
この頃、新日本はUWF勢に加え長州ら維新軍団離脱したことから陣容が薄く、3月に全日本より移籍したブルーザー・ブロディとアントニオ猪木の一騎打ちを連発するしかない状況だった。それに対し全日本&ジャパン連合軍は団体対抗戦の軸となる長州と天龍、そして鶴田との一騎打ちを惜しげもなく提供。一度は消えた長州vs鶴田戦も11月4日にところも同じ大阪城ホールで改めて組まれた。
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