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《更新情報》~プロレスあの日あの時~ 10月8日

2020.10.08

日本プロレス殿堂会、皆様いつもありがとうございます!
 
鈴木健.txt氏によるプロレスあの日あの時
殿堂記念館|プロレスあの日あの時が更新されました。

~プロレスあの日あの時~ 10月8日の今日は
新日本プロレス=1982年
「俺は藤波の噛ませ犬じゃない!」
長州が生んだ日本人対決という革命

記事一部抜粋
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旗揚げ10周年を迎えた1982年、新日本プロレスは前年にデビューし一躍ヒーローとなったタイガーマスクの存在により大ブームを迎えていた。アントニオ猪木と藤波辰巳、キラー・カーンらの日本陣営に加え、外国人もアンドレ・ザ・ジャイアント、アブドーラ・ザ・ブッチャー、そしてジュニアではタイガーのライバルとしてダイナマイト・キッド、ブラック・タイガーと充実。そうした中、4月25日にひっそりとメキシコへ旅立った男がいた。長州力である。
 
当時の長州は藤波の後塵を拝し、いわゆる“中堅どころ”とされていた。だからシリーズの試合結果からその名前が消えても、ファンはさほど気にも留めていなかった。それから3ヵ月後、海の向こうより長州がエル・カネックを破りUWA世界ヘビー級王座を奪取したニュースが飛び込んできた(7月23日)。
 
UWA(ユニバーサル・レスリング・アソシエーション)は、世界最古のプロレス団体CMLLのオポジションとしてメキシコに存在したメジャープロモーション。新日本とも提携し、カネックをはじめとするルチャドールが来日した。
 
レスリングをベースとした長州のスタイルとルチャはそれほど噛み合うとは思えない。だからこそ、この戴冠は意外にも映った。ただ、UWA世界ヘビー級王座はかつて師・猪木やルー・テーズ、タイガー・ジェット・シンも巻いたことがあり、何よりも藤波のライバルであるカネックから奪ったところに長州としては価値があった(藤波はこの1ヵ月前に「飛龍十番勝負第4戦」でカネックと対戦し、両者リングアウトに終わっている)。
 
ブラック、あるいはオレンジの“田吾作タイツ”で慣れぬメキシコマットのトップに立った長州は、8月1日にグラン浜田とのコンビで初代UWA世界タッグ王座決定戦に勝ち2冠王に。このタイトルはUWAが消滅した以後も日本の団体が管理し(現在はみちのくプロレス)、タイトルマッチが開催されている。ヘビー級の方は9月26日、カネックに奪回されたものの、長州は2ヵ月に渡りメキシコ最高峰のベルトを巻き続けた。
 
10月8日開幕「闘魂シリーズ」に長州の凱旋帰国が決まっており、ベルトを保持している段階でWWFインターナショナルヘビー級王者・藤波とのダブルタイトルマッチが発表されていた。だが、帰国するとベルトはスーツケースの中になかった。本人としては、メキシコでチャンピオンになった実績をもって藤波と並んだとの思いが強かった。ところが開幕戦、猪木&藤波とのコンビで6人タッグマッチのリングに上がると最初にコールされた。
 
生中継の映像にはコール直後、田中秀和リングアナウンサーにクレームをつける長州の姿が映っている。そして、その横には自分がコールされる前から長州に「こいつは何を言っているんだ?」とばかりの視線を送る藤波がいた。

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